料金・制作の流れ

制作物語

物としての存在感

すく

高山活版社を編集する

加藤大雅さんとの出会いは2020年のコロナ禍の真っ只中。高山活版社が株式会社ロフトワークとともに取り組んだ「デザイン経営導入プロジェクト」に、メンバーの一員として伴走してくれたことがきっかけでした。ていねいに社史を紐解いていったり、仕事についての原体験を語り合ったりと、約半年にわたって社員全員で取り組んできたこれらのワークを経て彼が引き出してくれたのが「情緒」という言葉です。この言葉は勤続40年を超える甲斐部長に「会社の方向性を示す言葉として完璧だと思う。どうやってこの言葉が浮かんだのか聞いてみたい」と言わしめました。

そしてプロジェクトの後半に編集者の山村光春さんとの出会いにより生まれたのが、新たな高山活版社のミッション「情を報せる 情の緒をたぐる」。加藤さんは創業110年目を迎えた高山活版社を編集し、私たちを再び新たな物語のスタートに立たせてくれました。

存在感の中にあるあたたかさ

2021年に独立して『すく』という屋号で活動を始めた加藤さんが「新たな名刺の印刷は高山活版社にお願いすると決めていた」と依頼をくれた時、とても嬉しかったことを覚えています。名刺のデザインを担当したのは友人のグラフィックデザイナー鈴木大輔さん。鈴木さんが秋田へ移住したばかりの加藤さんを訪ねたことが『すく』の名刺を作るきっかけになったそうです。加藤さんの希望は「自分の仕事の内容は一言で伝えられるものではないため、名刺の機能としてはそれを説明しきるというよりは興味を持ってもらうきっかけになるものを作りたい」ということ。鈴木さんはそれを形にするにあたり、名刺の”物としての存在感”を出すために『すく』という文字を縁まで迫るサイズでグラフィック化し、まるで名刺から紙の質感が溢れ出してくるような感じを意識してデザインしました。

『すく』のグラフィックが印刷された面をよく見てみると、グラフィックの縁は直線ではなく独特の柔らかい線で描かれており、白抜きの部分には小さな点や線がポツポツと残っていることに気付かされます。それは鈴木さんが鉛筆でグラフィックを描いており、縁をとった後に中を塗る際に「あまりきれいにしすぎても」という気持ちの名残なんだとか。「名刺のサイズについては縦を短くして若干ずんぐりさせている。規定の91*55mmというサイズで作らないのは、個人的な感覚で長すぎて納まりが悪い感じがするから。91mmという長さから受ける工業的な感じよりは、手垢のついたあたたかさを感じるものを作りたい」と鈴木さんは話します。『すく』の名刺を手に取った時、”物としての存在感”の中にどこかあたたかい印象を受ける理由がわかったような気がしました。

印刷時には加藤さんに工場へ足を運んでもらって、活版印刷とオフセット印刷の立ち会いが実現しました。『すく』を象徴する深い緑色のイメージは秋田の田沢湖の色。「どのような仕上がりにしたいか」について直接やりとりをしながら、活版印刷時には緑色のベタの部分が濃くなったり薄くなったりしないよう、さらに一度刷りできれいにインキが乗るように工夫を施し、加藤さんが思い描くものをともに形にしていきました。

物語は続く

小さい頃から本や映画に触れることでごく自然に物語に親しんできた加藤さん。秋田の大学を卒業後は映像業界で経験を積んだのち「もう少し暮らしに近い領域で”物語の力”を使ってみたい」とデザインやブランディングの分野に活動の軸を移します。2021年に秋田の地へ戻り、現在では『すく』の活動としてディレクションや編集の仕事をする一方で、週末本屋や読書会を開催しているそうです。

加藤さんは2020年に高山活版社のミッションをともに作りあげて以降も、伴走を続けてくれています。彼が本領を発揮するのは、私たちが会社の未来を描こうと様々なチャレンジをするなかで困難に直面した時。いつも客観的かつ冷静な視点で複雑に絡み合った問題点を整理し=抄き(『すく』の屋号の意味はここに由来があるとか)、これまでの経験を生かして的確な助言をくれます。そして今、みなさんが読んでいる制作事例も彼と一緒に推敲を重ねて作り上げた”物語”。彼は”物語の力”を、高山活版社に当てはめてくれているのかもしれません。

私たちが初めて加藤さんに会った日の夜の懇親会の席で会長が聞いたのは「君たちの人生のゴールは何ですか」ということでした。彼は「秋田へ戻って恩返しがしたい」と語ったその言葉通り『すく』として新たな一歩を歩み出し、高山活版社は2022年にミッション「情を報せる 情の緒をたぐる」を体現した小冊子3冊を制作。2023年には約20年ぶりのオープンハウス(※1)の開催、新たなヴィジュアルアイディンティの制作を控えています。これからも物語は続いていきます。