料金・制作の流れ

制作物語

それぞれに手を動かす

小田 雄大

2022年8月、残暑の厳しい季節にオフセット印刷機で行われた印刷の立ち合い。数枚を印刷してはお客さまと一緒にじっくり眺め、インキの量を微調整し、また刷ってみる。それを何度も繰り返す。限られた時間のなか、そこには全神経を研ぎ澄ませて印刷物に向き合う人たちの姿がありました。

そうして生まれたのが写真集『うつろい』。写真家の小田雄大さんが和歌山・京都・長野に拠点を置く3組の家族を訪れて暮らしやものづくりの様子を撮影し、彼らの暮らしに自然の景色がうつろう様子を重ね、うつろいゆく彼らの「今」に美しさを感じてできあがった作品です。

初めての写真集

小田さんにとって初めての写真集であり、高山活版社にとっても単色刷りの写真集を制作するのは初めてのことでした。私たちの所有する印刷機の特徴をよく知る山香デザイン室の小野友寛さんが「高山さんにお願いしたい」と依頼をくれた時、「私たちの古いオフセット印刷機で本当に写真集を刷ることができるのか?」と不安に思ったことをよく覚えています。

初めて使用する紙に写真集を印刷するということもあり、「せめて数ページだけでも本機本紙校正※1)をさせてほしい」とお願いしたのは私たちから。もしかしたら印刷会社から依頼することは珍しいかもしれません。そうして展示会前の慌ただしい時期にも関わらず、小田さんと小野さんが工場へ足を運んでくれることになったのです。墨をより濃く表現するため、使用するインキは墨からスーパーブラックへ変更。写真ごとにインキの量を微調整しながら、二人が思い描く色を作り上げていきました。

今回採用した『小口折り※2』という製本方法は私たちの機械では対応ができなかったため、福岡の篠原製本さんへお願いすることになりました。篠原さんからの提案で通常よりも強度があり開きがよいとされるPUR製本を施し、面付けやサイズなどをひとつひとつ確認しながら作業を進めていきました。このようにしてタッグを組むことでお客さまの希望を形にできるパートナーがいることは、とても心強くありがたいことだと思っています。

それぞれの持ち場で手を動かす

写真集の表紙は、デザイナーの小野さん自らが手動の活版印刷機で1枚ずつ、文字と写真を2回に分けて刷っています。また小田さんは写真撮影や現像、写真データの調整だけではなく、展示会に向けて約200本の木を削って木製の額を自ら制作したそうです。

限られた時間のなかではありましたが、私たちもできうる限りのことをして展示会までに何とか写真集を完成させたかった。制作の途中には本文紙の厚みを変更したり、インキの乾きが想像以上に悪かったりと予想していなかったことが次々に起きました。しかし制作に関わる人たちがそれぞれの持ち場で懸命に手を動かし、写真集は完成に至りました。

新たなはじまり

完成した写真集はとても美しい佇まいで、私たちにとってはオフセット印刷による単色刷りの美しさを改めて感じる印刷物となりました。通常お客さまから受注する印刷物の場合は印刷会社の名前が載ることはほとんどないのですが、今回の写真集の巻末に「本文印刷 高山活版社」のクレジットを見つけた時はとても嬉しく、誇らしく思いました。

小田さん自身が「今、吐き出せるものはすべて一冊の写真集と展示に込めました。ようやくはじまりです」と綴っていたように、私たちにとってもこの写真集ができ上がったことはオフセット印刷の単色刷りの美しさや可能性を追求するという意味で新たなはじまりと言えるかもしれません。