料金・制作の流れ

制作物語

紙の質感までも表現する

新三郎商店(株) 塩そば屋「おしのちいたま」 

大雨の糸島へ

2021年の秋の週末。朝から強い雨が降りつづくなか、甲斐部長が車を走らせたのは福岡県糸島市。糸島で製塩所やカフェなどを営む新三郎商店株式会社が、町の中心にある筑前前原駅からほど近い古民家を改装してオープンする塩そば屋「おしのちいたま」の包装紙の校正紙を届けるためでした。オープンが迫るなか1日でも早く校正の確認をしてもらう必要があり、「直接届けてその場で話をした方が早い」と判断したのです。

待っていてくださったのは新三郎商店の平川秀一社長、包装紙の原画を描いた画家の牧野伊三夫さん、デザイナーの伊藤敬生さん。校正を見た牧野さんよりその場で「感服いたしました」との感想をいただいた後、皆で校正を手にして満面の笑みで記念写真を撮ったのは忘れられないシーンです。

紙の質感までも表現する

牧野さんが包装紙のために描きおろしたという原画は、手漉和紙に墨汁で描かれていました。印刷のディレクションを担当した甲斐部長が注力したのは、なるべく原画を忠実に再現するということ。製版の際に通常の印刷物であればデータ上で消してしまうような墨汁による”汚れ”を残すことを心がけ、和紙の質感までも表現するつもりでスキャニングをしました。「実際に原画を見ながら作業をすることができたため、牧野さんがどんな表現をしたいのか理解しやすかった」と話す部長。そうして刷り上がった包装紙には筆で描いた際の墨汁のかすれまで細かく表現され、牧野さんからは「インキの盛り具合と製版がとてもよかった」という言葉をいただくことができました。

淡い光の差しこむ高山活版社の工場の壁に貼られた「おしのちいたま」の包装紙を眺めていると、まるで原画のような作品としての存在感を放っているように感じることがあります。

新三郎商店の塩づくり

新三郎商店とのご縁をつないでくれた伊藤さんは、初めて高山活版社へ来社した際に新三郎商店の塩づくりの様子の動画を見ながら、「新三郎商店と高山活版社には親和性があると思う」と話してくれました。いったいどんな親和性があるのか?を実際に確かめたいと思い、優しい春雨が降りしきる2023年の週末にようやく糸島へ足を運ぶことができました。

塩づくりが行われているのは工房「とったん」。糸島半島の西側のまさに突端にある海岸には、竹を利用した立体式の塩田や工房がそびえ立っています。ここでの塩づくりは自然と人間との共同作業。玄界灘から組み上げられた海水は太陽と風を浴び竹を伝って循環した後、薪を焚いた鉄製の平窯で煮詰められていく。そうしてできあがった塩の結晶は薄暗い工房の中で白く美しい静かな光を放ち、口に含むと優しい甘みを感じました。

「新三郎商店と高山活版社の親和性」とは何か。それはもしかしたら手間ひまをかけてものづくりをするという点かもしれません。私たちの所有する印刷機械は最新鋭のものではなく、古さゆえにどうしても生産できる数が少なく時間がかかってしまいます。しかしそれは言い換えれば機械よりも人の手=技術が必要とされるということであり、だからこそ技術やこれまでの経験を生かして、工場で直接お客さまと顔を合わせてともに印刷物を作り上げることができる。そのやりとりのなかにこそ、私たちが大切にしていきたい情緒や人の温もりのようなものがあるのではないかと感じています。

新三郎商店のこれから

「人手が足りない時には店を手伝うこともあるが、自分としては塩を作っているのがいちばん好き」と話してくれた平川社長。「もともとは山だったところを自らユンボ※1)で切り開いて作った塩田が古くなってきたので、また山を切り開いてさらに大きな塩田を作りたい」と大きな目を輝かせながら話してくれました。

2023年3月には牧野さんによる絵本『塩男』が出版され、平川さんたちの塩づくりの様子が牧野さんの文章と絵によって紹介されています。平川さんが糸島で描く未来がどんなふうになっていくのか、またぜひ糸島へ足を運んで見てみたいと思っています。