制作物語
生活に寄り添うもの
Playful
2019年9月16日。大分県立美術館OPAM2階研究室。ガラス張りの入り口に気持ちのよいグラフィックが並んだ光景が忘れられない。
そのポスターは、高山活版社として初のトークイベント『Playful』を開催するにあたって、グラフィックデザイナーの小林一毅さんがデザインしてくれたもの。イベントの登壇者でもあった小林さんは「目が喜ぶことを意識して」制作していると言います。終了後に「ぜひポスターを持って帰りたい」と興奮気味に話しかけてくださる方もいて、そのデザインは来場してくれた人たちの心の中に何か強い印象を残したのだと思います。
そんな小林さんとの出会いはその一年前のこと。
とびきり笑顔の青年が待っていた
小林さんが来社される日、どんな人なんだろうと想像しながら大分駅で待っていました。
TAKAYAMA LETTERPRESSがきっかけで高山活版社を知ったという小林さん。「佐賀の酪農家さんがつくる新商品の包装紙などをつくりたい。せっかくなら同じ九州にある印刷会社でつくることができないか」と依頼をくれたのは、まだ資生堂で働かれていた2018年のことでした。仕事をするにあたって「ぜひ足を運んで会社を見たい」という彼の希望もあり、トントン拍子に来社が決まりました。
まだお互いの顔を知らない私たちの目印はオレンジ色のリュック。「資生堂勤務のデザイナー=年配の大物」という勝手に抱いていたイメージとは裏腹に、駅の入り口で待っていたのはとびきりの笑顔の青年でした。
前日は酪農家さんのところで牧場や牛を見学してきたという小林さん。「せっかくなので佐賀の名尾和紙さんの和紙を使えたらと思い、サンプルを買ってきました」と話す彼は、そのころ毎週末のように全国各地へ足を運んで職人と一緒にものづくりをしているのだと教えてくれました。それを聞いた甲斐部長が漏らした「性善説にもとづいて動いているなあ」という一言が印象に残っています。
彼と出会った多くの人が、彼の相手の懐に飛び込んでくるような行動力やよいものをつくりたいという一途さに心を動かされて、「一緒にものづくりをしたい」と感じたのかもしれません。私たちも「なんとか小林さんの思い描く形を印刷で表現したい」と思いました。
刷り上がって、ドキドキワクワク
彼がグラフィックを描くところを初めて見たのは、小冊子の取材で自宅にお邪魔した時のこと。眩しいくらい朝の光が入る部屋で、覗き込むように木製のデスクへと向かう小林さん。白い厚手の紙に黒いペンが走る。丁寧に一本ずつ、線が描かれていく。それはとても美しい光景でした。
そのようにして生まれたグラフィックは私たちの元にデータとして届きますが、小林さんが表現をしたかったことは、紙に刷り上がった時に初めて伝わってくるような気がしています。
Playfulのポスターもメールで送られてきたデザインデータの時点で「かわいい!」と思っていましたが、「特色のよさをとことん活かせる」と小林さんが話してくれた青を、グラフィックの隅から隅まで色にムラが出ないよう何度も調整をして刷り上げ、420*594mmのサイズになったポスターを見た時に「小林さんはこれを表現したかったのか!」とハートを撃ち抜かれたような気がしました。
もしかしたら刷り上がった印刷物を誰よりも早く見ることができるのは、印刷会社の特権かもしれません。
生活に寄り添うもの
ポスターを制作してから時間が経ちました。けれど、今でも高山活版社の工場や事務室、社員の自宅には「Playful」は飾られています。時々眺めてはトークイベントの光景やその時に感じたことを思い出します。彼がデザインしたマグカップやトートバッグを愛用していますが不思議と見飽きることはなく、以前にそのことを彼に伝えたら「デザイナー冥利に尽きます!これからもたくさん生活に寄り沿えるものを作っていきたいですね」とメッセージをくれました。
小林さんのご自宅を訪れたとき、階段の壁に端の方が折れたポスターが貼られているのを見て、私たちのと同じように彼の生活の中にも私たちが刷った印刷物がごく自然に寄り添っているのだと感激しました。
このポスターが小林さんと高山活版社を今でも結んでくれているような気がしていますし、これからも生活に寄り沿っていけるような印刷物をともに作っていけたらと思っています。