制作物語
人と人の間にあるもの
無津呂 昌子
大分市ガレリア竹町通商店街にある4階建ての古いビルをリノベーションした最上階。打ちっぱなしのコンクリートに白いペンキが塗られた部屋の一角で、窓辺に吊り下げられた包装紙たちが白い光の中で風にひらひらと舞う。濃い色のもの、薄い色のもの、くしゃくしゃにされたもの。それぞれに違う表情を見せる様子は、包装紙というより宙に舞う美しい紙のオブジェに見えました。
これらの作品は、2022年11月に開催した『暮らしといんさつ展』がきっかけで生まれました。
暮らしといんさつ展
『暮らしといんさつ展』は、「高山活版社とデザイナーやクリエイターが作った印刷物を展示し、たくさんの人に見てもらいたい」という想いから生まれたイベント。イラストレーターの無津呂昌子さんをはじめ大分に縁のある作家5名と私たちの印刷技術で、それぞれがやってみたい表現に思い切って挑戦するというものでした。
これまでにも様々な機会にご一緒していた無津呂さんに参加を打診したところ「楽しみにしています!」と二つ返事で引き受けてくれました。その後イベントの打ち合わせのために初めて工場見学に来た際の、熱心に制作事例や紙の見本を見たり、印刷方法や紙について積極的に質問をしたりする姿が印象に残っています。
想像しながら刷る
無津呂さんの希望は「薄い紙で包装紙を作ってみたい」。これを印刷でどのように表現するのか。
今回使用したタイプ紙という紙の種類はとても薄く、もともと私たちの会社ではカーボン紙を敷いて使う複写用の伝票に使用しており、伝票のような小さなサイズでもオフセット印刷が難しい紙でした。すでに廃番になっていたにもかかわらず紙屋さんの好意で奇跡的に在庫が見つかりましたが、薄さが原因で印刷時に静電気が発生して紙同士がくっついたまま機械に入ったり、紙が印刷機にひっついたりするトラブルに見舞われました。
また、通常であればタイプ紙のような特に薄くて柔らかい種類はスムーズに機械に入っていくようにするために、紙に軽く折り目を入れて強度を出したいところです。しかし工場長はあえてそうしませんでした。それは印刷の立ち合いが叶わなかった無津呂さんの気持ちを「包装紙なのでなるべく折り目を入れたくないのではないか」と、想像したからです。
人と人の間にあるもの
刷り上がった包装紙はあまりの薄さゆえに1枚ずつ揃えるのにも一苦労しましたが、無事に無津呂さんの手元に届けられました。彼女は『暮らしといんさつ展』のトークイベントで、どんな想いで制作したかをこのような言葉で表現してくれました。
「この何年かで自身の暮らし方が変わり、自分のなかで『暮らしとゆとり』『暮らしの中の豊かさ』について考えてみました。私は紙ものを人と人の間にあるものとして作ります。今回はポストカードや贈り物としてもらう包装紙などもらった時に自分がうれしいと思うものに、自分が美しいと思う真玉海岸の刻々と変化する空の色や雲、干潟の形の風景を落とし込みました。」
展示で彼女がつくりあげた空間では立ち止まってゆっくりと作品を眺める人が多く、そこには優しい時間が流れていました。彼女と同じ豊後高田市内に住んでいるご夫婦が「包装紙を額装して飾りたい」と購入してくれた時、無津呂さんの想いが彼らに届いたのだと嬉しくなりました。
人と人の間にあり、生活に優しく寄り添うもの。そんな印刷物をこれからもお客さまとともにつくっていけたらと願っています。