制作物語
活字だからこその表現
東屋
「活字で活版をやっているところを応援したい」
これは私達が都内にある東屋さんのオフィスを初めて訪れた際に言っていただいた言葉です。すでに様々な商品のパッケージや説明書をはじめ、図録の冊子などの文字を活字を組んで活版印刷されていた東屋さんが、このような言葉を寄せてくださったことは思いがけない出来事でした。
活字がそろわないという現実
高山活版社は1910年の創業後、1970年代に活版印刷からオフセット印刷技術へ移行するタイミングで一度すべての活版印刷機とその道具を手放しています。その後、廃業したり活版印刷をやめる印刷会社から譲り受けた活字を2014年に2階の活版室に設置しましたが、数回にわたる大きな地震により大量の活字が活字棚から落下。それらを棚に戻すことは容易ではなく、活字の種類や数がほとんどそろっていないというのが現状です。
そのため今回のパッケージを制作するにあたっては「新たに活字を購入する必要がある」という大きな壁が立ちはだかりました。それでも最終的に東屋さんが「高山活版社を応援する気持ちで注文する」と言ってくださった時、活字による活版印刷技術の存続を願う覚悟を感じて身が引き締まるような思いがしたことを覚えています。
活字が伝えるもの
今回のパッケージのロゴは亜鉛凸版、商品説明のための文章は約300本の活字を組んで活版印刷しています。厳密には高さが数ミリ程度異なる亜鉛凸版と活字。これを一度に刷るために凸版を貼り付ける金属の土台をやすりで削って高さをそろえたり、デザインに合わせて活字を組むために活字の間に紙をはさんで幅を調整したりと、細かな工夫が施されています。
そうして刷り上がったものには、デジタルの文字にはない活字ならではのアナログな美しさに加えて、活字が持つ独特の”間”のようなものを感じます。それは手に取った人の目が文字をすっと読み流すのではなく、1文字ずつを無意識にゆっくりと味わうような感覚というのでしょうか。
茶道具などの竹細工で知られる奈良県生駒市で熟練の職人さんによる手仕事で作られているという、お茶の葉をすくうための道具、茶合。実際にパッケージに包まれたものを初めて手に取って開いた時、活字で印刷された文字が茶合の存在感を静かに引き立たせ、職人さんだけではなく、人の営みに寄り添う生活のための道具を制作してきた東屋さんの想いまでをも伝えているような気がしました。
古い機械や印刷技術を残してゆくということ
もっと活字について知りたいという思いで、以前都内の印刷所を訪れたことがあります。
そこでは活字を拾う職人さんは私たちの名前をたずねると棚の方を見ずに私たちの顔を見ながらあっという間に活字を拾い、活字を組む職人さんは専用の台の上で俳句の冊子のページを見たこともない速さで組んでいました。それぞれの技術は、長年に渡って粛々と続けられてきたそれぞれにまったく独立したものであり、簡単に身につけられるものではないことをこの時あらためて思い知ったのです。
その後、残念ながらこの印刷所は活版印刷をやめてしまったと聞いています。しかし私たちは自分たちにできるやり方でこれからも活字を組み、活版印刷を続けていきたい。活字だからこその表現があると信じています。今後ますます需要が減っていくと思われる単色刷りのオフセット印刷機も含めた、古い機械や印刷技術をどのように残していくのか?それらの技術で私たちがつくる印刷物にどんな価値を生み出していけるのか?これからも自らに問い続けていきたいと思っています。